いちばん大事なタカラモノ


カテゴリ:FUNKY MONKEY BABYS( 13 )



EMTGライブレポ2日目(伊藤亜希さん)

2日目は伊藤亜希さん。
転載させていただきます。

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その日も、東京は晴れていた。
 およそ1週間前、気象庁は関東地方の梅雨入りを宣言。しかし、宣言当日以来、東京の空は青かった。暑かった。

 2013年6月2日。日曜日。正午前。新宿駅。目の前でカラフルなTシャツが行き来している。親子連れだ。
 父親は黒、母親は紺。小学生低学年くらいの長男は白。そしてもう少し小さい次男は黄色。父親と長男は、お揃いのビニールバックを斜め掛けしている。
 4人が背負った同じ文字――FUNKY MONKEY BABYSという文字が、人ごみに消えた。

 正午過ぎ。東京ドーム前には、ここにもまたお揃いのTシャツを着たたくさんの人々の姿があった。
 同じ頃。ファンキー加藤、モン吉、DJケミカルが、会場入りした。楽屋のすぐ近くにある、東京ドームの回転扉が回る。
「おはようございます」と、挨拶したのはファンキー加藤。DJケミカルは「うっすー」と笑顔。小走りで入ってきたモン吉は「よろしくおねがいしまーす」と言いながら、廊下を走り抜けて行った。ライヴに向けて集中しているのか、3人とも、言葉も少なめだ。 シーンとした廊下。メンバー楽屋からは、時折、笑い声も聞こえてくる。その笑い声を聞きながら、BABYSたちの寄せ書きに目を走らせた。最年少は7歳。平仮名で「もんちゃん、だいすき」と書かれている。最年長は65歳。毛筆タッチの達筆で「娘の影響でファンになりました。娘が辛い時に、いつもファンモンの歌を聴いてました。おかげで娘も元気になりました」と書かれてあった。様々な思いが、カラフルに布を埋めていた。

 13時20分。メンバーがステージへ向かう。スタッフの「調子はどうですか?」という言葉に「体が痛いです。でも調子はいいです(笑)」と答えるモン吉。他の2人もスタッフに軽く会釈をしながら、目の前を通り過ぎた。

 13時30分。ファンキー加藤のマイクチェック。ドープなノリでラップしながら、ステージを右から左へ。DJケミカルは、ターンテーブルでスクラッチをして感触を確かめている。モン吉は、ぐるんぐるんと両手を振りながらストレッチ。マイクチェックでは「よろしくお願いしまーす」と元気に挨拶した後、緩急、低音高音のバリエーションをつけながらチェック。その後、DJケミカルは大声で「やっほー!」と叫んでいた。

 14時10分。リハーサルは終了。1人、ステージに残るファンキー加藤。マイクを通し笑顔で挨拶。
「スタッフの皆さん、最終日、よろしくお願いします」
 ステージ中央、左右に設置された巨大なビジョンに、加藤の顔がアップになる。ニヤリと笑い、こう続けた。
「ちょっと皆さん、もうちょっとレスポンスくださいよ〜!(笑)こんな(ムードの)解散ライヴ、無いですよー?(笑)よろしくお願いしまーす!」
 そこにいたスタッフ全員が、大声をあげた。
「よろしくおねがいしまーす!」
 その後、自然に拍手が起こった。

 ふと気がつけば、ファンキー加藤が、ステージ中央に座り、じっとドームを見上げている。その瞳には、まだ空っぽの東京ドームの客席が映っていた。その表情は、一言で言えば満ちたりた笑顔。しかしその笑顔が、パッと険しい顔に変わった瞬間があった。その顔は、ひとことで言えば、THE戦闘態勢。これからのライヴに向け、自分自身でスイッチを入れた瞬間だった。

 17時。超満員の東京ドーム。17時07分。最後のチャイムが鳴る。準備体操&ファンモンエクササイズへ。クレーン・カメラが客席を写し、一体感を誘っていくのは、ファンモンのライヴならではの演出。そこにいる全員が、今日の主役であることを、大きなビジョンが、5万人に告げていく。

 17時20分。暗転。大歓声。オープニング映像が映し出される。撮影に述べ4日かかったという超大作は、DJケミカルが寝坊し、急いで東京ドームに向かうというストーリー。途中、間違って八王子球場に行ったり、爆笑のディテールが随所に織り込まれた仕上がり。テンポ感も良く、笑いとスリルを兼ね備えた映像であった。

 東京ドームの廊下を走るDJケミカル。その映像がリアルに切り替わると、アリーナ後方に、DJケミカルの姿があった。パジャマを脱ぎ捨て、東京ドームを半周ほど駆けながら、ステージに上がるDJケミカル。これまで、東京ドームで様々なアーティストのライヴを拝見してきたが、自分の足で走ったアーティストを見たのは、このファイナルライヴが初めてだった。もう、それだけで、爆笑。本当、ファンモン、最後までやってくれるわと、大興奮。
 息もぜえぜえのDJケミカルが叫んだ。「ぜえ、ぜえ……(会場、爆笑)。準備はいいか! 東京ドーム!」
 来い、来い、とジェスチャーするDJケミカル。息を吸い込んで、雄叫びをあげた。「すべてを捨てて楽しめー! 八王子のFUNKY MONKEY BABYSだあああああ!」

 ドーンと放たれる大音量のトラック。音の大洪水の中、浮かび上がるようにステージに現われたのは、ファンキー加藤とモン吉。ファイナルライヴの1曲目を飾ったのは「WE ARE FUNKY MONKEY BABYS」だった。このファイナルライヴは、BABYSのためにあるんだという意志が、1曲目から、はっきりと浮かび上がっていたように思う。

「WE ARE FUNKY MONKEY BABYS」で幕を上げたこの日のライヴ。序盤は「アワービート」「恋の片道切符」など、アップチューンを中心としながら、その幅でカラフルに彩った。6曲目「明日へ」では一転、バラード。濃いブルーの中、ステージ上空からの3本のピンスポットが、3人を包む。拍手と歌声が、重なりながら東京ドームに響いていく。
6曲目「明日へ」では一転、バラード。濃いブルーの中、ステージ上空からの3本のピンスポットが、3人を包む。拍手と歌声が、重なりながら東京ドームに響いていく。
 カラフルに彩られたステージ上。DJケミカルは、リズムに合わせてクラップし、モン吉はスキップをするようにステージを横断していく。ステージ中央では、ファンキー加藤が、体を折り曲げ、筋肉をフル稼働して挑むように絶叫している。目の前にある事実。それこそが、彼らの真実であることを、この日も、彼らは体のすべてを使って体現していた。そして、真実を受け入れ続けるには、強い精神力が必要なこと、どれだけ苦しくてもひたすら前を向いて明日を見据えることを教えてくれたのもまた、3人のこの姿だったと思う。

 ライヴは序盤から中盤へ。モン吉とファンキー加藤はフロートに、DJケミカルは気球(!)に乗り、アリーナ後方へと移動。フロートを2台並べて作った即席のサブステージで披露したのは「告白」や「Lovin’ Life」など、聴かせるバラード4曲。3人の目の前には、アリーナ後方席の観客と、スタンド席の観客。目の前に3人が現れ、泣き出しているBABYSもちらほら。そんなすぐ目の前の観客に視線を向けながら、モン吉が、手を振りって1人1人に「ありがとう、ありがとね」と呟いている様子が、とても印象的だった。
 18時30分過ぎ。サブステージにいる3人。「大切」の大合唱が続いていた。誰もいないメインステージ上からは、オレンジの光。DJケミカルが乗ってきた気球が、サブステージの斜め上空に浮かんでいる。その半分は、メインステージからの照明で、オレンジ色の染まっていた。まるでドームに夕日が降りてきたようだった。
 その夕日のど真ん中には、DJケミカルの描いた3人のイラスト。3人とも夕日に向かって笑っていた。

 メインステージに戻り、3人でトーク。木の被り物で登場したケミカルの格好、そして前日エンディングで鼻血を出したモン吉(2日にはヤフーニュースのトップを飾りました!)のエピソードに触れたりと、リラックスしたムード。

 ファンキー加藤の煽りから、ライヴは後半戦へ。発動するエナジー。レッドゾーンをしめすテンション。はねる鼓動と重なるリズム。聴かせる曲も彼らの真骨頂なら、このお祭りを予感させるリズムも、彼らの真骨頂だ。3人が、一気にトップへギアチェンジした様子が、ビジョンに映る。「LIFE IS A PARTY」。ステージ前方に何度も炎が上がり「ガムシャラBOY」。「よっしゃ東京ドーム! 暴れるぜ!」と「メロディーライン」。ファンモン史上最高速の1曲の後は、バラード「涙」。アップチューンで解放されたまっさらな感情に、ビシッと染み入ってくる。素直になった心には、真っ直ぐな言葉が本当に深く染み入ることを、彼らは教えてくれたのだ。
 ファンキー加藤のMC。
「今日のライヴ、楽しくて、まだ全然、解散の実感がわきません(笑)。それぐらい、今日のライヴを楽しんでます。今日初めて言うことだけどと、2008年頃、(ファンモンを)終わりにしようと思ったこともありました。でもそれを救ってくれたのは、BABYSの笑顔でした。BABYSへの感謝の想いをなかなか言葉に出来なくて、僕らはミュージシャンだから歌にしました。僕たちからみんなへの感謝状です。聴いてください」
 この言葉を受けた「ありがとう」は最初から大合唱に。3人とも最後まで、本当に力の限り歌った。真っ直ぐ客席を見つめたその眼差しは、最後の最後まで、本当に真っ直ぐだった。
「まだまだ恩返しさせてください。皆さんの幸せを願わせてください」と「あとひとつ」。「お前に歌ってんだぞ!」と「サヨナラじゃない」。モン吉が「みんな!右手をあげてみてー!」と叫び、5万人の手拍子がばっちり揃った「ALWAYS」。
「奇跡を起こそうぜ、着いてこい5万人」とファンキー加藤が絶叫し「ちっぼけな勇気」。拍手が少しずつ歌声に変わり、最後には大合唱になった。最後、マイクを通さず「ありがとーー!」と叫んだ加藤。その声に、この日1番の拍手が起こった。
本編の最後は「悲しみなんて笑い飛ばせ!」。ステージ上には、タオルを持ったライヴ・クルーも登場。観客がタオルを頭上に投げ飛ばすタイミングでは、ステージ上に花火も上がった。
 何度も空中に放り投げられるマフラータオルの中には歴代のツアーグッズのタオル、FCライヴの限定タオルなども見えた。まるでファンモンの歴史が舞い上がっているように見えた。ファンキー加藤の言葉を借りるならば奇跡の軌跡が誇らしげに輝いているように見えた。

 アンコールも含め、全25曲。時刻は、間もなく21時になろうとしていた。
 25曲目「西日と影法師」が終わった瞬間、3人の顔がスクリーンに映し出される。記憶に焼き付けるように東京ドームを仰ぐDJケミカル。満面の笑顔のモン吉。その口元が、ありがとう、楽しかったと言葉を刻む。放心しているような表情を見せたのはファンキー加藤。しかしすぐ笑顔のなり、他の2人の元に歩を進め、ちょっと困った表情になっていたDJケミカルの肩をがっしりと抱きしめた。
 最後、3人はステージ中央へ。「お疲れ様」と握手。「楽しい10年だったね」と加藤。「楽しかったねー」とモン吉。「こんなところで(ライヴ)出来ると思ってなかったね」と再び加藤。その2人のやりとりを聞きながらDJケミカルは、うん、うん、うんと、頭をがくがくさせながら大きく頷いている。
「10年間、本当にありがとう。みんなで、俺たちの10年間にピリオドを打ってください」
 この言葉の後、彼はこう叫んだ。
「WE ARE!」
 5万人、否、全国のBABYSが、彼の言葉を次に紡いだ。
「……FUNKY MONKEY BABYS!」

 20時57分。ゆっくりと明るくなっていく東京ドーム。
BABYSのざわめきがフェードインしてくる。ほとんどのBABYSが、なかなか席を立とうとしない。否、立てないと言ったほうが正しいだろうか。
 笑顔でありがとうと叫んでいる人もいれば、抱き合って号泣している人もいる。子供を抱きかかえ「楽しかったね」と笑顔を見せる親子連れもたくさんいた。
 誰の元にも、日常が戻ってくる。その日常の中で、誰もがきっと、彼らのことを思い出す時が来るだろう。その瞬間が訪れた時、私たちはきっと、自分のことが少しだけ好きになるのでは無かろうか。そして、FUNKY MONKEY BABYSが好きで良かった、と。その時、彼らの歌が心の中で、またひとつ、大きくなってますように。

【取材・文:伊藤亜希】
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by kenmamaM | 2013-06-23 10:25 | FUNKY MONKEY BABYS | Comments(0)


EMTGライブレポ

「EMTG MUSIC」の池田スカオ和宏さんのファンモンライブレポ、転載させていただきました。
あの日のことが細かくよみがえります。
一人ひとりに向けて歌う心掛け。。。。。まさしく私も感じました。
池田さん、2DAYS参加されていたようなので、2日目も書いてくださるのかなぁ。
楽しみです!!

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最後まで”FUNKY MONKEY BABYSらしさ”が貫かれた、東京ドームファイナル2DAYSの初日をレポ!!【1日目】


 “変わらないなぁ...” それが「おまえ達との道 FINAL〜in 東京ドーム〜」の1日目を観終わった実感だった。
 どの曲も全力で歌を伝える姿勢。徹頭徹尾、全身全霊をかけて歌うさま。会場と心を一つにしたいという思い。一人ひとりに向けて歌う心掛け。マイナスの気持ちを自分たちの歌でプラスに変えたいとの願い。そして、ステージ上に自分達以外の演者を必要としないポリシー…。それは5万人という彼ら過去最大の単独ライヴであり、解散セミファイナルを迎えながらも、一番最初に彼らを観た時となんら変わっていなかった。
 その変わらなさに加え、色濃くなっていたものにも、この日は改めて気がついた。曲調やサウンドの幅は着実に広くなっていったし、歌を伝える表現方法や伝達手段も楽曲毎に深くなっていった。中でも目を見張ったのは、やはり歌を更に効果的に伝える演出類。音響は常に最適な環境を誇り、この日もドーム内隅々にまでダイレクトに一直線に届かせていたし、特殊効果やレーザー、ムービング等も最新鋭のデジタルとアナログならではを織り交ぜ、実に効果的に起用されていた。また、巨大なビジョンに映った映像の数々は、楽曲への感情移入や色々な物語と気持ちを重ね合わせるキッカケを作り、このファイナルに於いては、中盤にてフロートカーや気球も登場。それでメインステージの対面後ろまで移動し、それらが即席のサブステージに早変わりするなどのサプライズは、この日ならではであった。

 彼らにとってセミファイナルとなった、この解散ライヴは、歌中、様々な過去のライヴシーンやMCを去来させるものであった。
 1曲目は、「WE ARE FUNKY MONKEY BABYS」であった。ラストツアーのテーマでもあった同曲とフレーズが、いきなり5万人と3人の心を一つにしていく。
 やはり頭は会場を一体化させるナンバーのオンパレードだった。「アワービート」は、彼らの少年性あふれる茶目っ気たっぷりのエロな部分やおバカな部分を思い返させてくれたし、「ナツミ」では、彼らの<夏男っぷり>を思い出させてくれた。また、最初のMCで、「ライヴハウス東京ドームへ、ようこそ!」のファンキー加藤のMCに会場が沸いた瞬間は、まさに彼ら初の武道館ライヴの最初のMCと場面が重なった。

 序盤でも、過去の様々な彼らのライヴでの<お約束>に、会場も心を預けていく。中でも「恋の片道切符」では、エンディングでの加藤による、お決まりのセリフが、思いを強く持つことの強さと素晴らしさを後押ししてくれ、「告白」では、歌に合わせ、当時のMVがビジョンに流れ、5万人に甘酸っぱくて胸がキュンとなる、あの日、あの頃が呼び起されていく。

 またこの日は、各メンバーが、「個人的に好きな楽曲」と公言していた曲も多く歌われた。加藤が過去、「大好きな曲だ」と教えてくれた「もう君がいない」は、より感情が込められていたし、クラブミュージックがフェイバリットのモン吉やDJケミカルの面目躍如となった「空」は、エアリーでエレガントなハウスが心地良かった。逆に意外だったのは、中盤に「Lovin’ Life」が歌われたところ。これまでライヴのラストを飾ることが多かった同曲が真ん中に配されることで、5万人の大合唱と共に会場が幸せな気分に包まれていく。

 そして、彼らのクラブミュージックからの出自と溢れる躍動性、常に最新の音楽をキチンと融合させていたことに改めて気づいたのは、中盤の盛り上がりゾーンであった。5万人の一斉ジャンプが壮観だった「LIFE IS A PARTY」、前のめりなソカビートの上、常に彼らが持っていた、”俺達まだまだこんなもんじゃねぇぞ!”の気持ちが会場を鼓舞した「ガムシャラBOY」、ドラムンべースの重低音とレーザーパルスが会場を走り回る中、コール&レスポンスが更に会場を一つにし、みんなが一つになって踊った「メロディーライン」では、前ツアーのさいたまスーパーアリーナにて、同会場初となった、防音吸収剤がはがれるほどの盛り上がりを引き起こした現場がオーバーラップした。
 また、解散発表を前後してリリースされた「ありがとう」と「サヨナラじゃない」では、前者では、FMBの3人が、この曲を愛しいBABYSのためだけに色々なことを思い起こしながら書いたと話してくれたエピソードを想い出し、後者では、「FUNKY MONKEY BABYSとBABYSにサヨナラはないから」とラストツアーの各地で力強く約束をした場面場面が、会場のBABYSたちの涙と共に蘇ってきた。

 本編ラスト3曲は、会場に勇気と活力、明日からも逞しく踏み出していけそうなナンバーが連発された。初期から「いつか栄光のゴールへ 君が迷わないように ずっと支えたい」と放っていた歌中のメッセージが、気づけば果たされていた「ALWAYS」、「ちっぽけな勇気」での、その手の中の幸せが逃げないように、ぎゅっと握ったコブシを天に掲げる光景も、この日が見納めだと思うと感慨深い。また、「悲しみなんて笑い飛ばせ」では、会場中が、お約束のタオルを大旋回。その壮観さの中、不可能なんてないことを、この日も本気で信じさせてくれた。

 アンコールも印象深い場面が数々現れた。初心をもう一度思い出すようにデビュー曲「そのまんま東へ」も歌われたが、やはりラスト曲の定番とも言える「西日と影法師」が突出して感動的であった。「これからも歌はずっと残るから、それらを胸に明日からも少しづつ成長していく自分を誇らしく思いながら生きて欲しい」とのメッセージがヒシヒシと伝わってきた同曲。ライヴ前より確実に、強く、逞しくなっていた自分と再び出会うことが出来た瞬間であった。

 ラストのMCで3人は、それぞれこんな言葉で、10年間の自身の活動を締めてくれた。
「やっぱりお客さんがいないと、気持ちを込めて歌うことが出来ないね。色々と学ぶことの多かった、この10年でした。おかげさまで、たくさんの素晴らしい景色が見れました。これからも音楽は続けていきます」(モン吉)
「縁を大切に歩んできたら、気づけばこんなに大きな会場でライヴが出来ていました。みなさんの記憶の中でずっと残り続けていたら嬉しいです。これからもFUNKY MONKEY BABYSの曲を聴き続けて下さい。10年間ありがとう!」(DJケミカル)
「BABYSの笑顔に導かれて、ここまで来れました。FUNKY MONKEY BABYSと過ごした日々は、楽しかったですか? みなさんの人生のお役に立つことは出来ましたか? みなさんながいたから、迷わずにここまでくることが出来ました。10年間、本当にありがとうございました」(ファンキー加藤)
 この際の彼らに寄せられた感謝の気持ちの込もった無数の拍手と歓声や声援は、長く止むことがなかった。

 常に自分たちの信念や役割、そして聴き手とのかかわりやつながり、信頼関係をブラさずに、伝え、歌い、放ってきたFUNKY MONKEY BABYS。その実直で真摯な思いが、人から人へとつながり、人が人を呼び、この日の大舞台の光景につながっていたことを実感した一夜だった。これからも彼らの残していった歌は、その勇姿と共に、変わらず聴き継がれ、歌い継がれていくことだろう。そう、その時々の歌に込められた思いに、聴いた人の思いを重ねながら。

【取材・文 池田スカオ和宏】
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by kenmamaM | 2013-06-18 09:51 | FUNKY MONKEY BABYS | Comments(0)


FUNKY MONKEY BABYSおまえたちとの道ファイナル@東京ドーム

6月1日(土)

FUNKY MONKEY BABYSおまえたちとの道ファイナル@東京ドームに行ってきました。
2DAYSの1日目だけの参戦です。
ファンモン大好きで毎日口ずさんでいるkenに言えずに、日にちはどんどん迫り、、、
1週間前のMステ最後の出演を一緒に見てからは更に毎日ファンモンのことを話すken。
もうこれ以上黙って直前に言うっていうのはkenに失礼だと思い、土下座して
「お母さん、kenに謝らんといけんことがある」と告白。
「なに?なに?どしたん?」と笑っていたken。
事情を話すと「お母さんだけ?」ってびっくりしてましたが、「仕方ねえな」って意外にあっさり。
なんだか大人になったというか、私の気持ちも汲んでくれて優しい子に育ってくれてるなって感動。
「東京ドームでプレミアムカード」買ってきて、ってお願いされました。
春に東京ドームに野球を見に行ったときに売店で買ったプロ野球選手のカードのことです。
普通に売ってるのよりちょっとお高めのカードパックです。
お安い御用じゃ!!

というわけで!!
晴れて行ってきました。
朝一の飛行機に乗ったので、まだ寝てるkenを起こしつつ出発。
空港には、明らかにBABYSなTシャツ姿の人がチラホラ。
岡山からの同じ時間の飛行機にこれだけ居るって、この日は全国各地からたくさんの人が東京ドームに向かってたんだろうなぁ。
東京に着いて、東京のお友達と合流。
ライブのチケットと、財布、スマホ。それから事前にネットで買っていた東京ドームライブのタオルとTシャツ。
これだけは忘れないようにと何回も確認。
その代わりにsuicaを忘れた。
無しで乗り越えようかとも思ったけど、やっぱり不便なのでpasmo購入。
残高が200円くらいあったからデポジット分500円、払い戻しせずに帰ってきたけど岡山じゃデポジットの払い戻しできんですか?

ライブは17時開演で、16時頃に到着。
グッズを買う人の長蛇の列。
グッズは事前にネットで買ってたので並ばなくてすんだけど、ネットで買えない会場限定のものもあったりしたからみんな並んでたんだろうなー。
「今から並んでも、開演に間に合いません!!」ってスタッフの人が言ってました。
ただ!!ファンモンライブに必須の腕に付けるサイリウムのサルピカちゃん。
これはネットで買えなかったので、絶対買わないといけない。
普段のライブでは会場内で売り子さんが売ってたりするんだけど、今回は会場内では売らずに、ドーム内のコンコース売店で販売するということなのでとりあえず入場。
っが、、、コンコース売店も長蛇の列なので諦める。
しかも野球の時に開いてた売店が閉まってるのでkenに頼まれてたプレミアムカードが買えない(涙)
なんとか小さい売店がひとつ開いていたのでそこでカードを探したけどkenに頼まれていたのは売ってなくて普通のを買った。
でも、これ300円で20枚も入っていてかなりお得。
サイン入りのレアカードも入っていたとkenは大喜びでした。

ドームへの入場の時、スタッフが「おかえりなさい」と声をかけてくれる。
これはファンモンライブではどこの会場でもその地域のイベンターさんがやってくれてるんだけど・・・
東京のスタッフ、元気なさすぎ(笑)
岡山のライブはすごく良かった。
初めて行ったライブは「歌って笑ってもりあがりーな」ってツアータイトルだったってこともあって・・・
とにかくスタッフが元気に「おかえりなーい!!笑顔も忘れずにご入場くださーーい!!」「3・2・1~ハイ、笑顔ーー!!おーー、いいですねぇ、その笑顔!!」とか盛り上げてくれる。
その次の岡山ライブでは、ファンモンの歌を流して、スタッフがハンドマイクで歌ったり、そしてやっぱり「笑顔でおかえりなさーい!!」と、とにかく元気がよかったので、最後のライブがこれってちょっと淋しいなぁ。

そして着席。
猿学(FC)最速先行でようやく取れたチケットはスタンド1階1塁側30列41番。
ほぼバックネット真裏。
野球を見るには最高の席なんだろうけ、ステージは外野バックスクリーンを中心にできるので、ステージから一番遠いってこと。
でも今日はこの場所に居られるだけど幸せ。
開演までの間にもう一度、サルピカちゃんの列の様子を見に行くと、、なんと売店は撤収されていてサルピカちゃん完売だって。
もうちょっとたくさん用意してほしかったという思いと、最後のライブだから無駄になるかもしれないから仕方ないよねって思いも。。。
開演までの時間は、いきものがかり(加藤さんが水野さんと仲良し)とかサザン(加藤さんは桑田さんが好き)とか、メンバーゆかりの曲が流れてる。

17時開演。
まずはマネージャーさんと舞台監督さんの指導でファンモンエクササイズ。
そして。
モンパチの「小さな恋のうた」がかかり全員で合唱。
kenはファンモンライブがきっかけでモンパチのことも好きになった。

そしていよいよ、オープニング。
スクリーンに映し出される映像は、、、田野倉さんの表札がかかったケミちゃんのおうち。
部屋の中でケミちゃんが寝てる。
目が覚めると時計は4時45分。
部屋にある日めくりカレンダーは6月1日。
ライブの開演15分前に目が覚めたということ。
慌てて起きたケミちゃんは、ネグリジェにナイトキャップ姿のまま走り出す。
途中ラーメン宮城やら八王子の名所に寄ったり。
東京ドームと間違えて八王子市民球場に行ったり。
京王のファンモン仕様のバスに乗ったり。
横断歩道でおばあちゃんの荷物を持ってあげたり。
最後は京王電鉄に乗って、後楽園駅に到着。
駅から走って走って、ドームの入り口で警備員に止められながら入場。
通路を走って走って、、、、
ここからは映像ではなくケミちゃん本人がベンチ辺りから登場。
さらに場内を走って走って、ステージに到着。
そして、加藤さんとモンちゃんも登場。
いやぁ、、ステージ上の3人が小さすぎて悲し過ぎる。
ステージが暗かったらどこに居るのかも分からないくらい。
でも、加藤さんは「みんなのこと見てるからな!!そこの看板の○○○○の、○の文字の下に居るやつ!!お前だよ!!見えてるぞー!!」って。
まぁ、やっぱりコッチからはよく見えないので(笑)スクリーンばっかり見てたけど、会場が大きいと音がずれるのでスクリーンの口の動きと聴こえてくる音がずれていて悲しすぎる。
いやいや、今日はこの場所に居れただけで幸せなんだよと言い聞かせる。

途中で「京セラドームとか横浜スタジアムに来てくれた人ー?」と加藤さんが聞く。
「あの時はサブステージっていうのがあったけど、今回は一人でも多くのBABYSに座ってもらうために作れませんでした。その代わりに、車に乗って回ります。アイドルみたいで嫌だって言っただけどね」と言って、ディズニーのパレードの荷台のような車にモンちゃんと二台に分かれて乗る。
「あれ?ケミカルは?ケミカルーーー。まぁ、いいや。」と言って二台で出発。
レフト側から三塁側を通ってホーム辺りへ。
そして、なんとケミちゃんはライト側から気球に乗って登場!!
気球にはケミちゃんの書いた3人のイラスト入り。
すげぇ!!

その間、三人はサインボールを投げながら。
遠いところにも届くようにバズーカも使いながら。
取る気満々で待ってたけど残念ながらワタシたちのところには全然飛んで来なかった。

そして車がホーム辺りに止まって二台をくっつけたら・・・・なんとサブステージができた!!
ケミちゃんの気球も無事にそこに着地して。
30列目だけど真正面だし肉眼でもよく見えた。
サブステージで「告白」から「Lovin Life」まで4曲も。

加藤さんの話したこと。。。
実は、翌日の2日のラストライブの映像が、めざましテレビやZIPで流れて、なんか自分が生で聞いた1日目の言葉と、そのテレビで見た2日目の言葉が正直ゴチャゴチャになってるんだけど。
「今日こうやってドームでライブができるのはここに居るBABYSたちのおかげだ。
俺が前に住んでた家の前の竹林の中で、モンちゃんに「一緒にやろう」って話をしてFUNKY MONKEY BABYSを結成して、そしたらしばらくしてモンちゃんがケミカルを連れてきて、「なんだこいつ」って思ったけどモンちゃんが「ケミカルは絶対必要だ」って言うけど、最初は俺には分かんなかった(笑)」
でもライブをやってるうちにケミカルが必要だってことが分かった」って。
モンちゃんは「当時、かっこいいDJなんていくらでも居たんだよ」って。
また加藤さんが「デビューしてからも辛いこともたくさんあったけど、支えてくれたのはBABYSたちだったから。BABYSのために作った歌を聴いてください」と「ありがとう」を。

アンコールでは「HERO」の時に、また車で一周してくれた。
モンちゃんはけっこうペットボトルとか投げてあげてたな。
最後のMCでモンちゃんは「これからも音楽は続けていきたい。もし曲を作ってほしいとかあったらツイッターで連絡ください」って。
ケミちゃんも今までの「ありがとう」を伝えてくれて。
「FUNKY MONKEY BABYSの曲はこれからもずっと残りますから聴いていてください」と。
加藤さんは?加藤さんはこれからどうするんだろう?
最後に加藤さんが「今日が最後の人?」って聞いてくれて、私も含めてたくさんの人が手をあげたら、「そうか」と。。。
ちょっと言葉に詰まり、、、
「言葉ではうまく言えないので、前のツアーの合言葉で締めさせてもらってもいいですか?」と。
「WE ARE--」と言ったら、皆さんが「フニャフニャフニャ (FUNKY MONKEY BABYS)--」と言ってください。
と、声出しの練習もして。
その頃からモンちゃんの様子がちょっとおかしかったんだけど(笑)
そして、練習とおり「WE ARE--」「FUNKY MONKEY BABYS!!!!」
で、メンバー3人が手をつないで「ありがとうございました」
ここで本来ならエンドロールの音楽がかかるはずだったのに、かからなくて・・・そしたらスクリーンにアップで映ったモンちゃんがティッシュを鼻に詰めてる!!
加藤さんびっくりして「えっ?鼻血?」
モンちゃん「もう止まった」
加藤さん「いつ出たの?」
モンちゃん「最後」
加藤さん「最後って。WE ARE FUNKY MONKEY BABYSーーーでドバーってなったの?」と鼻血ブーの仕草。
モンちゃん「そう。」
加藤さん「なんで最後の最後にーー。それでエンドロールかからなかったの?モンちゃん、これ明日Yahoo!ニュースになるよ。」って、本当に翌日なってた(笑)
そして中途半端なタイミングでエンドロールの音楽が鳴り始める。
加藤さん「ちょっと、ストップ、ストップ!!音楽とめて!!」
音楽が止まったら「こんなんじゃ終われないでしょ。もう1曲やろう。何かやろう。スタッフーーーー。」
で、「LIFE IS A PARTY」をもう一度。

そして最後の最後にもう一度「WE ARE--」「FUNKY MONKEY BABYS!!!!」で締めて、三人で手をつないで「ありがとうございましたーー」からの、エンドロール「ありがとう」でした。

悲しくてたまらないはずの私にとってのラストライブ。
モンちゃんのまさかのハプニングでめちゃ笑顔で終われました。
普段、飄々としてるモンちゃんもこの場面、アドレナリン大放出してたのかなー。
終わってみたら4時間のライブ、あっという間でした。

この、かっこいいわけでもない三人組。
楽器を演奏するわけでもない三人組。
歌が特別うまいわけでもない三人組。
だけど、だけど、まっすぐな歌詞でまっすぐにBABYSに向き合って、背中を押してくれる三人組。
なんでもっと早くこの三人組のよさに気付いていなかったんだろう。
でも、でも、ちゃんと活動してるときに、この三人組のよさに気付けてよかった。
たった6回だったけどライブに行けれてよかった。

「大切」の歌詞のなかにある一部分。
『時々あなたがもしこの世に生まれてなかったら なんてつまらない世界なんだろうと恐くなる
 そうなにげない日々に幸せを与えてくれてありがとう あなたと過ごす変わらないこの時がかけがえのないもの』

私もファンモンに出会えてなかったら、この世はもっとつまらないものだったかもしれない。
ありがとう!!
ケミカル!!モンちゃん!!そしていちばん大好きなファンキー加藤さん!!
いつかまたどこかで会えますように。

「ありがとう」

写真は加藤さんのブログより拝借。
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続きはセトリ。

1.WE ARE FUNKY MONKEY BABYS
2.アワービート
3.ナツミ
4.希望の唄
5.恋の片道切符
6.もう君がいない
7.空
8.告白
9.大丈夫だよ
10.桜
11.Lovin Life
12.LIFE IS A PARTY
13.ガムシャラBoy
14.メロディーライン
16.あとひとつ
17.ありがとう
18.サヨナラじゃない
19.ALWAYS
20.ちっぽけな勇気
21.悲しみなんて笑いとばせ

EN1.太陽おどり
EN2.HERO
EN3.そのまんま東へ
EN4.西日と影法師

EN5.LIFE IS A PARTY
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by kenmamaM | 2013-06-04 16:10 | FUNKY MONKEY BABYS | Comments(4)


限られた時の中で<ファンキー加藤独占手記Vol.4>

 「ケミカルはお寺の長男坊なので、いずれは音楽を辞めて住職になるんですよ」

 デビュー当時から、よくインタビュー等で冗談っぽく話していた。もちろん聞き手側の人は真に受けず「またまた~」と笑う。それを受け、いたずらっ子のように僕たちも笑った。

 でもそれは本音だった。FUNKY MONKEY BABYSとして活動をしている中で、何時いつも心の片隅に「いずれは…」という思いがこびりついてた。ぼんやりと見える未来の別れに気を取られない為には、ただひとつ。今、目の前にある“音楽活動”に、ただただ没頭する事だった。

 2007年の1月。『Lovin’Life』をリリースした。この楽曲で、憧れの音楽番組『MUSIC STATION』に初出演。その翌日に行われた宇都宮でのインストアライブでは、初めて入場規制がかかる程の盛況ぶりで、誰よりも僕たち自身が驚いた。その日以降、グループ(中でも主にケミカル)の知名度は上がり、街中で声をかけられるようになり、事務所には学園祭ライブのオファーがたくさん届き始めた。

 今までに感じた事のない追い風だった。それまでずっと向かい風の中で耐えしのぎ、鍛え上げていた“音楽力”を、今こそ爆発させる時だと思った。僕たちはその風にしがみつき、ひたすら前へ前へと走り出した。


 2008年。初の全国ツアー『LOVIN’LIVE』を開催。全11公演で8500人を動員した。

 2009年。2度目の全国ツアー『希望の旅路』では、全21公演で3万人を動員した。

 そしてデビュー前からの夢である「オリコン1位」「武道館ライブ」「紅白歌合戦」を叶かなえる事が出来た。

 2010年。大阪城ホールや横浜アリーナという大きな会場のステージに立ち、3rd JAPAN TOUR『いちょうの国から 2010 ~帰郷~』では、全43公演という長いツアーを無事に完走した。


 2011年。全国各地で開催された震災復興イベントに、微力ながら協力させて頂いた。

 2012年。1st ARENA TOUR『笑って歌ってもりあがァリーナ』。全23公演で20万人を動員し、その年末、ついに僕たちは解散を発表した。

 そして今週末に控える最後のステージは、いつからか僕達とBABYSの夢になっていた東京ドーム。


 振り返ってみてもはっきりとは思い出せないくらい僕たちはこの10年間を一気に駆け抜けた。ある程度のスピードを維持して長く走るマラソンランナーのようなタイプではなく、常にトップスピードで全力疾走する短距離走者のように活動してきたからこそ、僕たちの歌は多くの人達に届き、今の場所まで奇跡的に登り詰める事が出来たんだと思う。

 ケミカルが加入しなければ、当時のFUNKY MONKEY BABYSはなかった。そしてケミカルが住職になるという時間的制限がなければ、今のFUNKY MONKEY BABYSはなかった。不思議な力と魅力を持った“踊るDJ”は、僕やモン吉を含め、多くの人に幸せをもたらした。照れくさくて直接は言えないから、ここにこっそり書こう。

 お前との出逢であいに、心から感謝している。(ファンキー加藤)

(2013年5月29日 読売新聞)
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by kenmamaM | 2013-06-04 08:30 | FUNKY MONKEY BABYS | Comments(0)


「でかい声はお手のもんだぜ」 byファンキー加藤

加藤さんの、東京ドームへの想いを込めたブログを転載。
あぁ、やっぱりこの人、大好き。

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今日のリハーサルは、今まで数々のライブを共に戦ってきたスタッフさん達も参加する形で。

ステージ進行、演出、音響、照明、特効、細かい部分までチェックしながら、お互いに様々なアイデアを出し合いながら。

徐々にその輪郭が見えてきた東京ドームのステージ。どんどん不安要素は消えていき、逆にどんどん高揚感が増してきてる。

「寂しくはないですか?」と聞かれる事がある。

応援してくれているBABYSと一緒で、もちろん俺にも一抹の寂しさはあるけど…そこだけに心奪われ過ぎたら、せっかくの“東京ドーム公演”が勿体ない気がするんだ。

何よりライブが始まる前からライブ後の事を考えても、自分がどんな心境になっているのか、その時になってみないと絶対に分からないからね。それだったら、まずはライブ中、その瞬間、瞬間を全力で楽しんだ方が良いな~って。

それに、

あまり「寂しい」「悲しい」ばっかり言ってると、変人なくせして妙に優しい“ファンモンの真ん中の人”が気を遣うかもしれないじゃん?(笑)

東京の片隅にある八王子で生まれ育った3人の偶然の出会いが運命となったように、この解散もまた新たな未来への、新たな運命への一歩になると、俺はそう信じているよ。

今日発売された追加チケットもあっという間に売り切れたらしい。朗報、悲報、誹謗、様々なコメントがたくさん届きました。「ありがとう」と「ごめんなさい」を何度言っても足りないくらいに。

でもひとつ。これだけは言えること。そんなBABYS、一人一人の熱い想いが、俺たちを東京ドームという晴れ舞台に導いてくれたのです。

スタンドの最後列まで、

ステージが見えづらい注釈付指定席まで、

チケットが無くてもドームに来るというBABYS目掛けて会場の外まで、

いろいろな事情で会場に来れないというBABYS目掛けて日本中の隅々まで、

届けます。必ず。不器用な歌声だけど、声のでかさだけは誰にも負けないから。
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by kenmamaM | 2013-05-23 08:32 | FUNKY MONKEY BABYS | Comments(0)


レールの上とイバラの道 <ファンキー加藤:独占手記vol.3>


【記録として転載】5月22日読売新聞夕刊

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 6月1、2日の東京ドーム公演で解散するファンキーモンキーベイビーズ。リーダーのファンキー加藤が、解散までの思いをつづります。4週にわたる独占手記です。

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 2006年の1月に発売されたデビューシングル『そのまんま東へ』は売れなかった。
インパクトのあるタイトルやCDジャケットの写真は、Yahoo!のトップページのニュースになり、その時は「追い風が吹いた!」と喜んだけど、数字は全く伸びなかった。

 4月。満を持してリリースしたセカンドシングル『恋の片道切符』。当時、僕たちが一番自信を持っていたお気に入りの楽曲。でもこれも思ったほど世間には届かず、3枚目のシングル『ALWAYS』では、さらに売り上げが落ち込んでしまった。

 学生時代、大好きなミュージシャンのライブに何度か足を運んだ事がある。豪華なセットが組まれたステージ上で、まばゆいスポットライトと大観衆の歓声を浴びながら、堂々と胸を張り歌っているその姿が、心に焼き付いていた。

 デビューした頃、なんとなく自分自身もそんなミュージシャンになれると思っていた。敷かれたレールの上を歩んでいけば、すべての憧れの地にたどり着けるような気がしていた。しかし意気揚々と踏み出した日本の音楽シーンは、僕たちの想像以上に厳しく険しいイバラの道だった。

 僕たちは慌てて考えを改めた。いっぱしのミュージシャンを気取ってる場合ではない。FUNKY MONKEY BABYSなんて、なんのバックボーンも持たないただの新人だ。年間に何百組とデビューする新人ミュージシャンの中の、ほんの一組だ。それでも僕の人生においては、このグループでデビューできた“今”が最後のチャンス。やれる事はなんでもやろう。そう心に誓った。

 まずは全国各地のショッピングモールを廻まわった。店内のスペースの一部をお借りして、小さなステージを組み、そこでライブをさせてもらい、CDを一枚ずつ手売りした。今でこそ幅広いミュージシャンが同じようにお店を回ってるけど、当時は皆、「カッコ悪い」と敬遠していた。でも僕たちはそこに大きなチャンスがあると信じ込んでいた。

 真夏の炎天下、電車と徒歩で関東近郊のCDショップ100店舗に、ご挨拶をさせてもらった事もあった。あの日、僕がこの目で見たミュージシャンのように“堂々と胸を張る”どころか、背中を丸め、頭を下げ続けていた。別に卑屈になっていた訳ではなく、心からの哀願だった。すぼめた両肩には、周りのスタッフさんの期待や、自分自身の夢が乗っかっている。こんなところで諦める訳にはいかなかった。

 その地道な努力は、徐々に実を結んでいった。ありがたい事にCDのセールスやライブ動員数も少しずつ伸びていった。きらびやかな“ミュージシャン像”から脱却し、背伸びをする事をやめ、地に足をつけた時、自分たちなりの歩み方が分かったような、そんな気持ちだった。

 そして、今でも忘れない2006年の12月。初のワンマンライブ。薄暗いステージ袖で、僕は緊張をほぐすように大きく息を吸い込み、ほんの少しだけ胸を張った。(ファンキー加藤)


(2013年5月22日 読売新聞)
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by kenmamaM | 2013-05-23 07:50 | FUNKY MONKEY BABYS | Comments(0)


八王子からそのまんま東へ  <ファンキー加藤:独占手記vol.2>


【記録として転載】5月15日読売新聞夕刊

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 6月1、2日の東京ドーム公演で解散するファンキーモンキーベイビーズ。リーダーのファンキー加藤が、解散までの思いをつづります。4週にわたる独占手記です。

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 2006年1月25日。京王八王子駅の駅ビルの5階にあるタワーレコードに、僕たちのデビューシングル『そのまんま東へ』のCDが陳列されていた。僕たち三人は複雑に絡からみ合う様々な感情をかみしめながら、柱の影からその光景を眺めていた。まるでそこだけ時間が止まったかのように、ただただじっと眺めていた。

 FUNKY MONKEY BABYSは2004年の元日に結成した。最初は毎日のように遊んでいたモン吉と二人で。後に、当時はアフロヘアーのDJケミカルが加わった。メンバー三人とも八王子生まれ。豊かな自然の中で育ってきた。

 東京の西に位置する“八王子”という街は不思議な所で、市民に東京都民としての自覚はあまりないような気がする。都心部に出掛けることを「都内に行く」と言うのが良い例。それなのに23区内の人に「八王子って東京じゃないでしょ」と言われると、少しイラッとする(笑)。そしてとにかく郷土愛が強い。渋谷や六本木といったきらびやかな大都会に密ひそかな憧れを抱きつつ、同時に反発心もある。素直に認めてしまえば、吸引力のあるその大きな渦に簡単にのみ込まれてしまうからだ。だから誤解を恐れずに言えば、八王子は“へそ曲がりの異端児”が多く存在する街。

 ご多分に漏れず、僕たち三人もなかなかの八王子人気質。そもそもが“ファンキー加藤”、“モン吉”、“DJケミカル”で“FUNKY MONKEY BABYS”というへんてこりんな名前だ。ヒップホップというスタイリッシュな音楽のジャンルで、このネーミングセンスはない。そして当時からケミカルは踊っていた。DJなのに。だからよく馬鹿にされ、笑われていた。

 でも僕たちはこれで良いと思っていた。いや、これが良いと思っていた。お洒落しゃれな横文字のグループ名なんて、渋谷辺りに山ほどいる。西麻布界隈かいわいで石を投げればクールなDJに当たる。カリスマ性も歌唱力もビジュアルも中途半端な僕たちが、他のグループと同じことをやっていても勝ち目は薄い。馬鹿にされても、笑われても、まずはインパクトを残すこと。ただそれだけを考えて、必死に歌ってきた。

 グループ結成から2年後。たくさんのご縁が実を結び、ついにメジャーデビューが決まった。ここからは異端なだけでは駄目。目立つだけでも駄目。日本の音楽業界の中で、群雄割拠のJ―POPシーンの中で、結果を出さなければいけない立場になった。つまり片田舎出身のへそ曲がり三人組が、東京のど真ん中で勝負をすることになったのだ。

 そして冒頭の場面。地元のCDショップの柱の影から踏み出した一歩目。高揚感や期待感、そして少しの不安感を胸に、八王子の駅から京王線で“そのまんま東へ”。もう後には引けない僕たちの果てしない旅が始まった。(ファンキー加藤)
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by kenmamaM | 2013-05-15 20:13 | FUNKY MONKEY BABYS | Comments(4)


FUNKY MONKEY BABYS 東京ドームへの道 Vol.1

【記録として転載】5月8日読売新聞夕刊

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 6月1、2日の東京ドーム公演で解散するファンキーモンキーベイビーズ。リーダーのファンキー加藤が、解散までの思いをつづります。4週にわたる独占手記です。

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2013年1月13日。見上げた空も、街並みも、おまけに吐く息まで真っ白で覆われた札幌の街。今まで幾度も北国の冬を体感した事があるのに、やけに今回は雪景色が目に焼き付いた。いや、正確には、自らその“白色”を心に焼き付けていた。

 今までFUNKY MONKEY BABYSは、元気や勇気や希望、信じることや諦めないことの大切さ、仮に朗読するとなれば、少し恥ずかしくなるくらいの前向きな言葉たちを、メロディーという魔法にのせて歌ってきた。日本中に届けようと、必死になって歌ってきた。でも僕たちは2013年の6月に解散する事を発表した。それは、初めてファンの皆さんに届けてしまった覆す事の出来ない悲報だったかもしれない。

 最後となる全国ツアー『WE ARE FUNKY MONKEY BABYS TOUR』は、札幌にある北海きたえーるという会場から始まった。解散発表以降、音楽番組などへの出演は数本あったけど、ライブ会場で直接ファンの方々と対面するのはその時が初だった。

 正直、ステージに上がるのが怖かった。緊張しいの僕は、いつだってライブの前はナーバスになる。でも今回のそれは、いつもとは明らかに違う。「解散を受けて、会場の雰囲気はどんな感じになるんだろうか…?」「どんなテンションで喋しゃべればいいんだろうか…?」。心配事は延々尽きず、案の定、ライブ前夜はなかなか眠りにつけなかった。

 迎えた本番当日。リハーサルもどこか浮き足立ち、舞台監督やスタッフさんの言葉も耳に引っかからない。武者震いには程遠い貧乏揺すりを繰り返す。そうこうしてるうちに、あっという間に開場。お客さんが続々と席に着いていく。胃がキリキリ痛み出す。緊張感がピークに達する頃、ついにライブが開演した。“踊るDJ”のケミカルに続いて、僕とモン吉もステージ上に飛び出した。そこで見えたのは、会場中にきらめく笑顔、笑顔、笑顔。いつも通りのBABYS(ファンの愛称)のみんなの姿があった。もしかしたら葛藤もあったのかもしれない。未いまだ割り切れぬ想おもいを抱えてる人もいるかもしれない。それでも“今日という一度きりの日のライブ”を全力で楽しんでくれているのだろう。

 そういえば、FUNKY MONKEY BABYSはこんなメッセージも歌っていた。「一番大切なのは、今を精一杯いっぱいに生きること」。つい僕が忘れかけてた事を、逆にみんなに教えてもらった気がした。なんだか情けなくて、でもとても嬉うれしかった。

 札幌で心に焼き付けた雪景色は、真っ白な想い出のキャンバス。これからもそこに、“今”というたくさんの彩りを書き足していこうと誓った。

         
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by kenmamaM | 2013-05-08 20:37 | FUNKY MONKEY BABYS | Comments(0)


WE ARE FUNKY MONKEY BABYS TOUR@岡山市総合文化体育館

3月22日(金)
3月23日(土)

WE ARE FUNKY MONKEY BABYS ツアー 岡山2DAYS!!
もちろん2日間、行ってきました!!
最初は、、、とりあえず2日間チケット取ったけど、小学生のkenが2DAYS参加とか、贅沢じゃねーか??って思ってましたが、その後、まさかの解散発表。
で。ツアーファイナルのさいたま公演前のこの岡山公演はプラチナチケットとなったのです。
たぶん、ヤフオクでは2倍以上の金額になってましたよ・・・
一瞬魔が差しましたよ。
いやいやいやいや!!
最後の姿を目に焼き付けておかなければ。
kenにもその姿を見せてやらなくちゃ。というわけで2日間参戦。

1日目がアリーナ21列目のセンター、2日目は9列目のセンター!!
2日目の9列目は今までで最近!!
今までいつも、モニター越しに見ていた彼らをようやく生で見れたカンジです。

ライブは、日テレの羽鳥アナの場内アナウンスから始まる。
これ、2日とも同じかと思ったら微妙に違うのね!!
2日目は羽鳥アナ、誕生日だみたいなコメントがありました。
それから、マネージャーさんと舞台監督がでてきての、会場みんなでファンモンエクササイズ。
ファンモンのライブって、スタッフが楽しい。
会場の外のスタッフも明るい。
「おかえりなさい!!笑顔でご入場くださーい!!」
これって夢番地とかプロモーターのスタッフですよね?
他のライブではいつも、立ってるだけみたいな人たちが、アーティスト側の依頼?で、こうも変わるものかと思っちゃう。
きっとファンモンの意を汲んで、みんなこうなるんだろうなーと思います。
会場内のスタッフに関してはこれはもう一緒にツアーを周ってるスタッフだと思うけど、エクササイズでモニターに映し出されても、そりゃあ明るい、明るい!!
見てるだけでコッチまで楽しくなるわ~。
それから、「小さな恋のうた(モンパチ)」をみんなで大合唱してからライブスタート。

モニターに修行僧の映像が映し出される。
その修行僧はもちろん、ケミカル!!
ケミちゃんファンのkenは、この段階から大興奮。
ワタシはもう、、、1曲歌う度に、こんなに楽しいのに、楽しさと比例して淋しさが増していく。
「WE ARE FUNKY MONKEY BABYS」は、ファンモンとBABYSが一体になれる曲。
加藤さんがBABYSのことを思って書いてくれたんだろうなーと思う。
それから、「ありがとう」に到っては、、
「この曲はBABYSのことだけを思って作りました」って言ってくれちゃうくらいの曲。
こちらこそ、ありがとうだよ。
何よりも、最後のツアーの中に、岡山を入れてくれてありがとう。
広島のほうがキャパ大きいよね。
なのに、中国地方の中から岡山を選んでくれた。
だから、今までの思い出を語るコーナーでは、中国地方全体の思い出を話してくれた。
ケミちゃんの、ランニングに描いてあるご当地イラストは1日目は広島、2日目は出雲だった。
初めて中国地方に来たのは広島のラジオ番組で月1レギュラーを持っていて、サンモールというショッピングセンターでのライブだったって。
数人のお客さんから始まって、友達100人作ろう計画をやってて、だんだんお客さんも増えてきて100人くらい来てくれるようになったって。
そこから、インストアライブ、学祭ライブ、フラワーフェスティバルやSETSTOCK、そしてツアーでは倉敷市民会館にも来てたのに、私はその頃はまだファンモンのすごさに気付いてなかったんだ。
数人のライブから、最後は東京ドームへ。
一歩一歩確実に大きくなっていったファンモン。
加藤さんは、「ケミカルがそろそろ修行をということで、こういうことになったけど、最初からこういう話だったので。
だから俺たちはマラソンランナーではなく、短距離走者のような勢いで走ってきた。」と言っていた。
正直、私はまだ受け止められない。
なにせ、自分のBABYS暦が浅すぎて、たった1年しか彼らに向き合ってこれなかったことが悔しすぎて。
でも彼らがこんなにも一生懸命に走り抜けて、ワタシたちに伝えようとした歌を支えに、これからもずっとBABYSです。
何よりも、「ありがとう」と言いたい。


2DAYS参戦してみて・・・
メンバーは1日目だろうが2日目だろうが力の入れ加減を変えたりしない。
どっちも一生懸命。
でも気持ちは正直かもしれない。
1日目より2日目のほうが、ワタシたちBABYSもだけど、メンバーも淋しさが増していたような気がする。
アンコールすべて終了後は、会場に「大切」が流れてエンドロールにも歌詞が出てきて、BABYSみんなで合唱する。
メンバーは途中で退き、、たぶん加藤さんはステージ袖で最後までみんなの歌を聴いていてくれてる。
ただ、1日目より2日目のほうが、名残惜しそうに長い時間ステージの上で聴いてから退いていった。
こんな光景見せられちゃうと、やっぱり東京ドーム2日目行きたくなるじゃねーーか!!

続きはセトリ!!

1.Say!Joy!
2.LIFE IS A PARTY
3.ナツミ
4.ALWAYS
5.恋の片道切符
6.この世界に生まれたわけ
7.告白
8.journey
9.幸せを抱きしめよう
10.夢で逢えたら
11.WE ARE FUNKY MONKEY BABYS
12.メロディーライン
13.ありがとう
14.大切 → (2日目)桜
15.あとひとつ
16.サヨナラじゃない
17.希望の唄
18.ちっぽけな勇気
19.悲しみなんて笑い飛ばせ

EN1.街中でケンカしてるカップルを見かけると大抵女性が怒ってる
EN2.ヒーロー
EN3.Lovin' Life
EN4.西日と影法師
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by kenmamaM | 2013-04-04 01:58 | FUNKY MONKEY BABYS | Comments(2)


【ネタバレあり】WE ARE FUNKY MONKEY BABYS TOUR@アスティとくしま

1月20日(日)

【この日記にはセットリスト等のネタバレがあります。これからライブに行かれる方は注意!!】

徳島まで車をかっ飛ばして行ってきましたよ^^
去年ライブに行ってから突然大好きになってしまったファンモン。
kenも大好き。

3月の岡山ライブはもちろん2DAYS取ってるけど。
最後のツアーだから、、、やっぱり、可能な限り見ておきたくて。
直前にヤフオクでGETして行ってきましたー。
なのでkenにも内緒^^

徳島駅近くのコインパーキング、日曜日は1時間100円っていうとこがあって、そこに停めてバスで会場のアスティとくしまへ。
会場に入るとき、プロモータースタッフがみんな「おかえりなさい」と声をかけてくれる。
座席は、スタンドコ列=スタンド最後列。
いいの、今日は。
岡山の座席はまだ分からないけどFC先行だからきっと、もう少し近いはずだから。
なので、ステージの上を走り回る3人のシルエットを見ながら、表情はスクリーンで確認。

オープニングはスクリーンに映し出される三蔵法師のような出家僧。
もちろん、それは、、ケミカルーー!!
これから始まるライブにワクワク半分、あぁやっぱりケミちゃんはお坊さんになっちゃうんだと実感><

ライブ中のMCでは「最後だからと気負いたくないけど」って言いつつも、やっぱり、加藤さんも気負い気味。
四国でのライブは小さなインストアライブから、野外フェス、闘牛場での学園祭ライブ等含めてこの日で33本目。
とにかく四国愛を語っていました。
それは岡山BABYSから見たらジェラシー感じちゃうくらいの。
モン吉は、ケミカルと二人で、四万十川に行って、そこで見た景色を歌にしたのが「虹の架け橋」だって言ってた。
でも、そのときに見た橋っていうのが、「沈下橋(ちんかきょう)」という、川の水が増えたら沈む橋で、、
「”ちんかきょう”で歌詞を書けって言われて困った」と加藤さん。

とにかく「FUNKY MONKEY BABYSの歌はいつもここにあるから、いつも俺らはここにいるから、いつでもここに帰ってきて欲しい。
そんな思いを込めて歌います」と「おかえりなさい」
本当に私なんか、初ライブに参加したのが去年の4月で、その場でFCに入って、7ヵ月後に解散発表。ってね。。。
でも、この数ヶ月間、ファンモンの歌にすごーく元気もらったのです。
もうライブで歌を聴けなくなるのは、そりゃあそりゃあ切ないけど。でも歌はいつまでも残るから。そこに帰らせてください。
あまり良い動画がなかったのですが・・・歌詞が伝わるといいな。


肝心のケミカルは、、
最後のMCで、「四国33本目のライブは終わったけど、これからもう一回四国に来てお遍路さん回ります」って言ってました。
「本来のお遍路さんは、食べ物もお金も何も持たずに歩いて回るので、そんな僕を見かけたら、暖かい布団と美味しいごはんと、ピチピチのギャルをお願いします」って言ってました。

最後のオリジナルアルバム「ファンキーモンキーベイビーズ5」は本当に涙モノの歌ばっかりで。
「サヨナラじゃない」は、加藤さんからケミカルへの想いが詰まっているし。
では最後に「WE ARE FUNKY MONKEY BABYS」
こんなにもベタにファンへの想いを綴る歌って珍しいよ。
この歌詞の中の『スタンド最後列まで』が、まさしくこの日の私だったから。
でも、ちゃんと届いたよー。


次は岡山2DAYS!!
ファンモンにとっては、たくさんのライブのうちの2本も、ワタシたちにとっては貴重な2本。
でも、ファンモンはワタシたちのそんな想いをちゃんと受け止めて、1本1本のライブに気持ちをいっぱい詰めてくれるから。
それが本当に伝わってくるんです!!


「WE ARE FUNKY MONKEY BABYS」

聞こえるかい?この旋律が
聞こえるかい?この言葉が

*スピーカーのこっち側から YEAH! YEAH! YEAH! イイ感じ
 目の前の君に届け YEAH! YEAH! YEAH! イイ調子
なんの根拠も無い自信と 不器用な歌声で 君の笑顔を増やしてゆきたい
 WE ARE FUNKY MONKEY BABYS!!

「あの真ん中の人って何してんの?」って言われ続けてもう8年
そんな疑問も どんな批評も LOVEもHATEも網羅して
演奏 ベロが腱鞘炎になりそうなくらい熱唱 んでもって
全国各地のBABYSの心に接近中

俺たちファンキーモンキーベイビーズ ジェントルマンとレディース
じいちゃんばちゃんから もちお子様まで
一緒になってダンシング キャッチャーかつ斬新
空振り三振したって そのまんまで
変人と熱血漢に プラス自由人のこの3人
安全安心で最高品質 メイドイン八王子

*repeat

駅前ゲリラのライブとショッピングモールで鍛えた強心臓
学園祭ライブ 夏フェスも渾身の バイブスでノセるぜ WON`T BE LONG
勝負に大きいも小さいも 関係ないこのミッション
今日もどこかでロッキンオン
ファンちゃん ほれもういっちょ!

俺たち通称はファンモンだ 八王子観光大使
東京のはじっこから日本中のPeopleに
マイクロフォンでハロー 才能なんてないよ
それでも希望と勇気を元気と愛を
詰め込んで唄うこのメロディー キレイ事だと笑われてもいい
何が起こっても大事な BABYSと未来へ前進中 Go!

スタンド最後列まで YEAH! YEAH! YEAH! イイ感じ
でかい声はお手のもんだぜ YEAH! YEAH! YEAH! イイ調子
夢のような時間が過ぎて SHOW TIMEが終わっても 君の中で唄い続けるよ
WE ARE FUNKY MONKEY BABYS!!

つながりたい この音楽で つながりたい この世界で
聞こえるかい? この旋律が 聞こえるかい? この言葉が

*repeat

一緒に歌えば YOU ARE FUNKY MONKEY BABYS!!
一緒に踊れば YOU ARE FUNKY MONKEY BABYS!!
一緒に笑えば YOU ARE FUNKY MONKEY BABYS!!
Remember forever  WE ARE FUNKY MONKEY BABYS!!


続きはセットリスト。




1.Say!Joy!
2.Life is a party
3.ナツミ
4.Always
5.恋の片道切符
6.この世界に生まれたわけ
7.告白
8.Jouney
9.幸せを抱きしめよう
10.夢で逢えたら
11.WE ARE FUNKY MONKEY BABYS
12.メロディーライン
13.おかえりさい
14.桜
15.あとひとつ
16.サヨナラじゃない
17.希望の唄
18.ちっぽけな勇気
19.悲しみなんて笑い飛ばせ

EN1.街中でケンカしてるカップルを見かけると大抵女性が怒ってる
EN2.ヒーロー
EN3.Lovin' life
EN4.西日と影法師
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by kenmamaM | 2013-01-20 23:59 | FUNKY MONKEY BABYS | Comments(2)

    

いちばん大事なkenのこと、そしてママの大好きなコト・ 大事にしたいコト ちなみにkenは12歳になりました♪
by kenmamaM
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